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2011 佐原の大祭 秋祭り

今年も、佐原の大会秋祭りが10月7,8,9日の三日間、佐原で行われました。まだ青いシートが屋根に被さっている家があり、震災の爪痕の大きさを改めて知りました。
夏の時は小野川沿いは危険だそうで山車の通行が禁止されていました。秋ではもう禁止は解除されていましたが、万一のことを考え、川沿いのルートを避けるコースを選ぶ町内が多かったそうです。

去年の佐原の大会秋祭りは、雨にたたられました
今年は快晴とは行きませんが、暖かいと言うより日中は暑くて半袖で充分でした。(朝晩は涼しかった)。

過去の記事
(2010 佐原の大祭 夏祭り)
(2010 佐原の大祭 秋祭り )
(2011 佐原の大祭 夏祭り)

源義経 上宿
昼の顔(人形の名前の隣は地区名です。)

夜の顔

小野道風(オノノトウフウ) 新橋本
平安時代の貴族 カエルが柳の枝に飛びつこうととあきらめない努力をするのを見て感銘をうけたそうです。花札の11月の絵柄でもあります。

座っている小野道風 電線などが邪魔な道路を通る場合は人形の高さを低くします。カエルガ飛びつきそう?

楠木正行(小楠公) 下分
楠木正成(後述)の息子

鎮西八郎為朝(チンゼイハチロウタメトモ) 上中宿
座っているところ

立ったところ

源頼義 下宿

楠木正成(大楠公) 東関戸

桜井の訣別(大楠公の歌)(YouTube)
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将 楠木正成(くすのきまさしげ)(大楠公)は足利尊氏の大軍勢に少数で戦った湊川の戦いで敗れ自害します。その直前、櫻井の驛にて、息子 楠木正行(くすのきまさつら)(小楠公)を、私が亡くなった後も朝廷に忠義を尽くせとさとし、国へ帰させたとされます。それを歌った歌です。(なお、歌詞自体は桜井の別れ以降、楠木正成自害まで15番続くそうです)
大楠公の山車のお囃子は時々この大楠公の歌になります。

瓊瓊杵尊(ニニギノミコト) 西関戸

諏訪大神 上新町

日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 北横宿

浦嶋太郎 下新町
浦嶋太郎の2文字目は「嶋」 

前に亀がいます。また太郎は玉手箱らしきものを抱えています。ここの山車のお囃子は、浦島太郎の歌になることがあります。


仁徳天皇(ニントクテンノウ)  南横宿

額には
「高きやに登りて見れば 烟(けむり)たつ 民のかまどは賑いにけり」
と書いてあるそうです。でも、私には読めない(苦笑)


なお、今年は下の32台の山車が、震災の影響で引き回しを行っていません。
神武天皇 仲川岸
建速素盞鳴尊  下川岸
牛天神 新上川岸
(訂正)
当初、3台と書いておりましたが、2台の間違いです。
2日目の通し砂切の時に11台しか整列して居なかったので勘違いいたしました。
通りすがりさん、ご指摘ありがとうございます。

by Lautan | 2011-10-08 10:00 | お祭り・イベント・観戦 | Trackback | Comments(1) 

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Commented by 通りすがり at 2011-10-11 20:22 x
新上川岸は初日途中まで引き回し行っています。
が、やっちまって1日で終了です。
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